暗闇坂(目切坂)
クラヤミザカ(メキリザカ)
暗闇坂
日差しをさえぎるほど繁った木々のおかげで、真夏でもここは涼しく感じられます。昔は今よりも鬱蒼としていたのでしょう、そこでついた名前が「暗闇坂」。別名として「目切坂」「しめ切り坂」ともいわれたようです。目切坂はかつてここに石臼の目を切る職人が住んでいたことに由来しています。石は目と呼ばれる部分に刃物を当てて打つと容易に割れることから、目切りと呼ばれたようです。この坂は「関東の富士見100景」にも選ばれており、富士山がきれいに見えたところなのでしょう。代官山駅方面から目黒川を渡って中目黒駅方面に抜ける貴重な散歩道、緑のトンネルです。
所在地
代官山交番前交差点付近
代官山坂
ダイカンヤマザカ
代官山坂
八幡通りの途中から恵比寿方面へ下る坂道。東横線の渋谷一号踏切に向かって、右手に代官山アドレス、左手に可愛い代官山教会があります。坂の途中にできた空間は、「ひまわりガーデン代官山坂プロジェクト」の会場として、たくさんのひまわりの花で埋め尽くされ地域コミュニケーション活動の成果として、代官山の夏の風物詩になっています。
所在地
代官山アドレス付近
新富士坂
シンフジザカ
新富士坂
別所坂とつながっているひとつの坂で、恵比寿側の坂を新富士坂と呼んでいます。別所坂との合流点がちょうど渋谷区と目黒区の区境にあたります。新富士と名づけられたのは、このあたりにかつてあった近藤重蔵の邸宅の中に「新富士」という築山が築かれ、富士信仰の対象になっていたからです。
別所坂
ベッショザカ
別所坂
中目黒の目黒学院高校裏から登る、ちょっと急な坂です。上り詰めると恵比寿の方向へ下り始め、ここからは新富士坂となります。この高台は別所台といわれることもあります。別所とは新しく開墾された田畑をさすもので、青葉台1丁目から、上目黒1丁目、中目黒1丁目にかけた傾斜地のあたり一帯を別所と呼んでいました。
所在地
中目黒一丁目と二丁目の境
上村坂
カミムラザカ
spot_kamimurazaka.jpg
旧山手通りから目黒区青葉台へ下がる坂。明治期の海軍大将上村彦之丞(1849~1916)の屋敷があったことから、命名されました。上村大将は対ロシア海戦で撃沈した艦艇からロシア兵を救助したため、武士道精神のお手本のように称えられました。
所在地
都立第一商高交差点付近
南平坂
ナンペイザカ
南平坂 南平台町の中央を走る坂。南平台という町名は明治中期から使われていますが、由来は不明です。このあたりの古い地名"平代"から来ているという説があります。南側に向いた小高い台になっていたことから、町名と坂名がつけられたのでしょう。
所在地
鉢山町交番前交差点付近
亀山坂
カメヤマザカ
亀山坂
南平坂を下りきった鉢山町交番前交差点から、上り坂に変わるのが亀山坂。坂の名前の由来は不明です。二つの坂が見通せて、代官山が坂の多い街であることがよく分かります。
所在地
鉢山町交番前交差点付近
内記坂
ナイキザカ
内記坂
内記とは中務省に務める官人のことをいいます。宮中に起きたいっさいのことを記録する仕事をしていました。手書きの記録でしたから、能文・能筆の人が任命されていました。明治以降、その役名の官吏がこのあたりに住んでいたことから、呼び習わされて坂の名前になりました。
所在地
渋谷区恵比寿西2-17付近
夕やけ坂
ユウヤケザカ
夕やけ坂 この坂を上った先にある区立長谷戸小学校には、童謡「夕やけこやけ」を作曲した草川信が1917年から10年間、訓導(旧制小学校の正規教諭)として勤務していたことから名づけられました。校門の近くには歌の記念碑があります。草川信は東京音大でヴァイオリンを専攻、卒後すぐに長谷戸小学校に着任しました。
所在地
区立長谷戸小学校付近
天狗坂
テングザカ
天狗坂
八幡通りから鉢山中学校へ抜ける坂です。明治中期から後期にかけて、このあたりに「岩谷天狗煙草」という商品名で煙草を製造販売していた岩谷松平の大邸宅がありました。家の建物や門柱も赤く塗り、人々から注目を集めていましたが、邸内には大きな池、農場、牧場などもあったそうです。
所在地
鉢山中東交差点付近
目黒川
メグロガワ
池尻大橋駅のあたりで世田谷区から目黒区に入り、約4キロ流れて品川区に流れていきます。江戸時代はおもに田畑の灌漑用水として活用されていました。大正から昭和10年代には運河として船が航行できるように改修され、沿岸の町工場と港とを結び、重宝されました。水量が多く、暴れ川として恐れられましたが最近では清流と桜並木の美しい都市の河川として愛されています。中目黒には調整池を設け、「川の資料館」として親しまれています。また中目黒駅に近い目黒川と蛇崩れ川の合流地点は整備され、自然と親しめる場にもなっています。
所在地
世田谷区から目黒区・品川区を通り東京湾まで
渋谷川
シブヤガワ
現在では宮益橋から天現寺橋までの2.6キロの川。江戸時代には遠くさかのぼって、玉川上水あたりまでを渋谷川の本流とみなしていた時期もありました。玉川上水の整備が1653年に始まり、余った水を渋谷川に流し込むようになったことから、増えた水量を使って水車を動かすことが可能になりました。戦後になって暗渠化が進み、渋谷川から水の流れは失われましたが、1995年からの東京都の清流復活事業で、渋谷川の眺めを昔に戻そうという試みがなされています。天現寺からは、古川と名前を変えて東京湾に向かって流れていきます。
所在地
宮益橋から天現寺橋あたり
ひまわりガーデン代官山坂
ヒマワリガーデンダイカンヤマザカ
ひまわりガーデン代官山坂
八幡通りの途中から恵比寿方面へ下る坂道。東横線の渋谷一号踏切に向かって、右手に代官山アドレス、左手に可愛い代官山教会があります。坂の途中にできた空間は、「ひまわりガーデン代官山坂プロジェクト」の会場として、たくさんのひまわりの花で埋め尽くされ地域コミュニケーション活動の成果として、代官山の夏の風物詩になっています。
所在地
代官山アドレス付近代官山坂中央分離帯
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