No.6 代官山歩道橋

代官山建築エッセイ No.6
代官山歩道橋

 今回は建築ではないが、歩道橋について取り上げる。猿楽町歩道橋と聞いてもピンと来る人は少ないだろう。代官山の歩道橋、代官山交番の歩道橋と呼んだ方が分かり易い。
この歩道橋は人気のデュオ「ゆず」の「代官山リフレイン」冒頭に歌われている、
  「代官山の歩道橋の上から 眺めているのは
   変わらぬままのオレンジの夕陽 街を染めていく.........」※1
の歩道橋である。歌は古着屋(多分、ハリウッドランチマーケット)から公園(多分、西郷山公園)へと続く。「ゆず」ファンにとってはこの歩道橋は「聖地」なのだろう。よくここの上で写真を撮っているのは、景色が良いということだけではなかったのだ。

 橋桁の交番寄りの所に4本のボルトで止められている鋳物のプレートは「橋歴板」と言うもので、どの歩道橋にも付けられているものだそうだ。「1970年3月 東京都建造 歩道橋指針(1965) 製作 東綱橋梁株式会社 材質SS41 」と記されている。東京都建造歩道橋指針とは標準設計の仕様書(マニュアル)に基づいてつくられていますよ,ということを記したものである。この歩道橋は47年前に設置されたことが分かる。「橋歴板」の横の四角い囲みの文字はこの歩道橋の塗装工事の記録で、2010年の3月に824㎡分塗り替えられたことが記されている。残念ながらこれらからはこの歩道橋のスパン(柱間の長さ)が分からなかったので計ってみた。旧山手通りの支柱間が約27m、八幡通りが約16mだった。
 この12月にこの歩道橋は撤去される予定である。※2「代官山ステキな街づくり協議会」の有志が「旧山手通りを良くしよう」と「旧山手通りデザイン会議」の活動を始めたのが約7年前。2011年の提案書「旧山手通りを日本一美しいストリートに」で2つの提案がされた。「歩道橋の撤去と信号による横断歩道の設置」と「ガードレール・植栽の撤去と自転車道の整備」である。歩道橋の撤去は重要文化財の「旧朝倉家住宅」へのアクセスを容易にし、新たな回遊性が獲得されるメリットがあるとされている。それを踏まえて、渋谷区との協議、地域の人たちの意向調査、国交省へのヒアリング、東京都との協議、要望書の提出へと進んでいく。最後にハードルの高い警察との具体的な調整を経て、撤去が決定された。※3
 1950年代には既に歩道橋というものは登場していたが、東京で普及し始めたのは1964年の東京オリンピック以降である。特に「交通戦争」と呼ばれ多くの死者を記録した交通事故を防ぐ手段として、美濃部都知事時代(1967年〜)一気のその数を増やす。1970年設置の代官山歩道橋もその一つ。確かに交通事故は減ったのだが、地域の生活を考慮した細やかな配慮は見られなかった。猿楽町歩道橋が狭い舗道に強引に橋脚を建て込んだことを見ても、なり振り構わず歩道橋を設置したことが分かる。歩道橋の設置基準に照らし合わせても、当時のクルマや人の交通量を考えた時、場違いなものであったことが分かる。何の説明もなくいきなり出現したという印象だったろう。47年間代官山の風景の一部となってきたが馴染んだことはなかった。
 近年はバリアフリーや景観の問題から、歩道橋を見直し撤去する例も多くなってきた。2014年に原宿駅前の表参道の歩道橋が撤去されたことはまだ記憶に新しい。おかげで明るくおおらかな空間が戻ってきた。また将来、飯田橋の大歩道橋を無くせないか、研究している大学院の研究室もある。※4
 歩道橋に魅力があるとすれば、その上に立った時の「道路の真ん中で浮遊している」感覚が得られることだ。まるで小さな冒険をしている感じだ。そしてそこから街を広く見渡せる眺望も魅力だ。「ゆず」の歌が歩道橋の上から始まっているのもよく分かる。私もここから見る旧山手通りの見通しの良い風景が好きだ。
 今、〈川俣正-「工事中」再開〉のインスタレーションがヒルサイドテラスA棟・B棟の屋根で展開されている。これを見る最高の場所が歩道橋の上だ。当初10月に撤去されることになっていたため急遽開催を早めたそうだ。最後に「猿楽町歩道橋」は大切な役割を担うことになった。歩道橋にお別れを言うのに相応しい仕掛けだ。「猿楽祭」まで継続されるそうだ。※5
  君も行ってみよう。

※1 代官山の歩道橋の上から 眺めているのは
変わらぬままのオレンジの夕陽 街を染めてゆく
お金はないが持て余した時間夢ばかり膨らんでた
すれ違う若者達にあの頃の僕らを重ねて
古着屋をめぐって抱えた荷物 くたびれてベンチに座って
寒空の下の公園だって ずっと語り合えた
いつかこの街に住んでみたいなと瞳を輝かせながら
午後ティーをカイロ代わりに互いの手を暖めた(以下略 作詞、作曲北川悠仁)
※2 この文章を書いている日、「ヒルサイドテラス通信8号」が手元に届いた。何と、ヒルサイドテラスのオーナーの朝倉健吾氏の「旧山手通り考」のエッセイが載っている。歩道橋撤去の背景と経緯について15年前に遡って記されている。そして川俣さんの〈工事中〉のエピソードを紹介した後、「問題は、歩道橋よりガードレール」と核心を突き「道路と建物は一体に考えるべき」それによって街の一体性が高まり「つながる代官山」が実現すると結ぶ。建築や都市を勉強している全ての学生に読ませたい。偶然だが同じ号にデンマーク大使の代官山の話が載っている。私はこのエッセイの連載で2回目にこのデンマーク大使館を取り上げている。大使の直筆と思われる大きなクスノキのあるかわいいスケッチも添えてある。旧山手通りがステキであることが記されている。こちらも読んでほしい。「ヒルサイドテラス通信」本当にセンスの良い冊子だ。是非手に取ってほしい。
※3 「旧山手通りデザイン会議」では他に都市交通の専門家の大学教授からのアドバイスを受け、多くの関係するまちづくりの人たちと意見の交換を行ない、具体的な道路の計画を提案している。特筆すべきは、協議を行なった道路関係の行政のなかで、国交省や都の関係者から好意的で積極的な支持をいただいた。そんな多くの賛同者に支えられたことが、歩道橋撤去に繋がったのだ。
※4 研究は法政大学大学院デザイン工学研究科の論文「飯田橋五差路交差点の設計に伴う歩行者環境改善に関する研究」で、将来の交通量の減少を見越した車道の改修を伴った提案で、歩道橋に頼らない歩行者の平面横断だけで可能な具体的な設計を試みている。ちなみに指導教授は「旧山手通りデザイン会議に貴重なアドバイスをしてくれている高見公雄教授である。
※5 ヒルサイドテラスのテナントや関係者、近隣住人による「猿楽祭実行委員会」によって毎年秋に開催されるイベント。渋谷区とデンマーク大使館が後援している。ヒルサイドテラス全域を使って大人も子供も楽しめるバザーや様々なパフォーマンスが展開される。今年は13回目で10月8日、9日に開催される。

[公開日] 2017年6月24日

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著者:元倉眞琴

NPO法人代官山ステキ総合研究所・副理事長。建築家。東京藝術大学名誉教授。

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