No.4 東京恩寵教会

代官山建築エッセイ No.4
東京恩寵教会

「全ての人や物事は6つのステップで繋がっていて、知り合いを6人介すると世界中の人々と間接的な知り合いになることが出来る」という「六次の隔たり」理論ではないが、思いがけず知っている人が次々と繋がってくることがある。今回取り上げた「東京恩寵教会」にはそんな縁がある。

 私は恵比寿駅から駒沢通りを歩いて事務所に行く。通りはペンシルビルが建ち並ぶ街並で、その気ままな集まりも嫌いではないが、見慣れてくると均質で退屈なものに思えてくる。※1そんなビル群の中にあって「東京恩寵教会」は、建物の低さ、要塞のようなコンクリート打放しの重量感、切妻状にカットされた頂部の形とアルミのルーバーの屋根、そこから突き出た十字架など、異彩を放っている。
 1986年に完成。設計者は野老正昭(ところまさあき)氏。野老氏は1929年生まれ。竹中工務店設計部を経て野老設計事務所を開設。※2 2011年に世を去られた。親しく話したことはないのだが、野老氏の名前は以前から知っていた。
 私は独立して間もなく小さな保育園を設計した。運良く、「建築設計資料10保育園・幼稚園」--1985年・秋号--という設計者向けのムックに取り上げられた。記事を読み進むうちに「幼児教室のための夏の家--段々の家」というプロジェクトが眼に止まった。設計者は野老正昭。からーんとした段々の床と斜めの屋根だけで構成されているさわやかな写真に惹かれて頁を繰っていくと、
 「都会の幼児たちに自然の生活体験をさせるための施設。主に夏、数十人の幼稚園児と先生たちが生活を共にする。モンテッソーリ教育の日本での草分けである松本尚子女史が企画した......」
 の説明文。松本尚子先生は「善福寺子供の家」を主宰され、ここから日本のモンテッソーリの幼児教育は拡がっていく。実は私の子供が3年間ここに通っていた。
 ここで野老氏の名前と初めて出会い、後で教会の設計者も同じ設計者と知り、以降「教会」と「段々の家」はワンセットのものとして記憶の引き出しにしまわれていた。
 引き出しが開けられたのは、東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムの作者の野老朝雄氏が野老正昭氏の子息だと知ったときである。朝雄氏は建築デザイン畑の人である。極めて図学的で論理的な構成がそのことをよく表している。氏は建築をイギリスのAAスクール※3で学ぶのだが、そこで教えを受けたのが江頭慎教授で、実は私の大学の後輩で親しい人である。
 繋がりはまだある。今私が応援している彫刻家に四方謙一さんがいる。「いりや画廊」の個展を見てきたばかりである。計算された緻密なステンレスの彫刻は私たちを怪しい異次元の世界に誘い込む。彼が野老朝雄氏に師事していた事を最近知った。二人のものをつくる方法の共通性に納得した。
 ここまでが私の用意した「六次の隔たり」であったが、このエッセイのあらましをヒルサイドテラスのオーナーの朝倉健吾氏にしたら、
 「恩寵教会の設計者が野老さんなのは知っていた。野老さんは慶応の幼稚舎から姉の夫の同級生で、紹介されたことがある。※4ヒルサイドテラスのアートフロント・ギャラリーにも来ていた。」と繋がった。

   「東京恩寵教会」のデザインは極めて特異ものに見えるが、実はこの建物は西欧の建築の基本的な法則である「建築の三層構成」にしっかり則っている。一階のコンクリート打放しの斫り仕上げ※5の壁は明らかに「基壇部」を、その上のプレーンなコンクリート打放しは「胴体部」を、三角形のかたちと曲面のルーバーと十字架は「頂部」を表現している。また、西欧の中世の城郭建築のような印象も強い。窓が小さくコンクリート打放しの堅固な姿は、お城のような守りの姿勢を良く表している。その閉鎖性がかえって「中はどんな世界が展開しているのだろう」と期待を抱かせる。
 教会の中を見せてもらった。※63階の礼拝堂は素晴らしい。外から見たときのアルミの曲面のルーバーの下は、ハイサイドの窓(高窓)になっていて、そこからの光を、天井から優美な曲面状に吊り下げられた金属のチェーンが受け止めている。エール大学のチャペルで、祭壇に降り注ぐ光を吊り下げられた金属片で受け止めたH・ベルトイヤー※7のやり方を思い出させる。空間の高さのヴォリュームはあまりないが、シンプルな白の空間は気持ちがいい。ディテールに相当気を使ってまとめあげている。期待通りだった。一階に戻ると不思議な空間がある事に気がつく。小さなアルコーブ状の※8「祈りのコーナー」で、ちょっとした打合せに使われることもあるらしい。デザインは相当気合いが入っている。ここでもステンドグラスを介して光を捕まえようとした意図が見える。魅力的である。

 街のなかに、私たちの知らない異質ですてきな空間が隠れている事を知ることができた。そのことによってほんの少し街が違って見えてきた。

※1 最近シーラカンスアンドアソシエイツ(Cat)が設計した「SAビル」が「なるほどそう来たか」と思わせる緑化ファサードで街並に新たに参入してきた。
※2 野老氏の経歴はウィキペディアから引用した。
※3 英国建築協会付属建築学校。建築デザインに特化した専門学校で多くの前衛的な有名建築家を輩出している。ピーター・クック、レム・コールハースや新国立競技場で賑わしたザハ・ハディドもここの出身である。私の友人である川上喜三郎もここの教授を長く務めた。江頭慎は現役の教授。芸大の教授であるトム・ヘネガンもここ出身である。
※4 ヒルサイドテラスの設計者である槇文彦氏は野老氏の慶応の1年先輩で、当時慶応から建築に進む人が少ないこともあって、お互いに良く知っていた。
※5 コンクリートの表面をタガネで(人力あるいは機械で)表面を削り落として荒い凹凸をつけるコンクリートの仕上げ。
※6 プロテスタントの教会なので誰でも入ることが出来ると思うが、完全に開放しているわけではないので、予め見学の希望を伝えてから訪れるようにしたい。
※7 チャペルの設計はエーロ・サーリネン。ハリー・ベルトイアはモダンデザインのパイオニアの一人。「ノル社」の金属ワイヤーを使った「ダイヤモンドチェアー」などが有名。
※8 壁を窪ませたように設えた小部屋の空間のこと。

[公開日] 2017年4月29日

前の記事を読む:エジプト大使館 紹介建築の一覧を見る 次の記事を読む:代官山駅

著者:元倉眞琴

NPO法人代官山ステキ総合研究所・副理事長。建築家。東京藝術大学名誉教授。

もくじを閉じる
國學院大學
代官山ヒルサイドテラス
代官山ステキ総合研究所 団体正会員
DAIKANYAMA T-SITE
スーパープランニング
LOG LOAD DAIKANYAMA
聖林公司
代官山ステキ総合研究所 団体正会員
Urban Resort Group
senbado
none
Coby After School+
代官山ステキ総合研究所 団体正会員
東光園緑化
株式会社SERENDIPITY
| お問い合わせ | 入会案内 | 運営団体 |
Copyright (C) 2017 NPO法人代官山ステキ総合研究所 All right reserved.