掲載日:2014年10月21日(火)

2014代官山ステキ セミナー&パーティ


【開催概要】

副題
代官山-明日に架ける橋-中目黒・代官山・渋谷・恵比寿・東 >> 詳細
主催
NPO法人代官山ステキ総合研究所
開催日
2014年09月18日(木)
開催時間
18時30分開演/21時00分終演
会場
CLUB HILLSIDE

【プログラム】

開会挨拶

NPO法人代官山ステキ総合研究所 理事長 岩橋謹次
曲『Bridge Over Troubled Water』

第一部 ショートスピーチ セクション

ショートスピーチ1
代官山~明日に架ける橋について
新・新・代官山『緑の文化十字路』構想
:岩橋謹次

ショートスピーチ2
代官山エリアの人口動態について
:田原裕子 國學院大學 経済学部教授

ステキ セミナー&パーティ懇談・交歓スナップ

ショートスピーチ3
ナラティブ・アプローチによる超領域的まちづくり
:設樂 剛 (Tsuyoshi Shidara, Ph.D.) 設樂剛事務所|慶應義塾大学SFC研究所

ショートスピーチ4
代官山大学2015の概要について
:元倉眞琴 ステキ総研副理事長 東京芸術大学名誉教授

第2部 クロストークセクション 代官山~明日に架ける橋

東急電鉄 都市開発事業本部 都市戦略事業部企画開発部 統括部長
:東浦克典

工学院大学建築学部 准教授
:遠藤 新

中締挨拶:朝倉健吾
ステキ総研理事 朝倉不動産株式会社社長

開会挨拶

岩橋謹次(NPO法人代官山ステキ総合研究所 理事長) 

代官山ステキ セミナー&パーティ

皆さん本日はよくいらっしゃいました。私はNPO法人代官山ステキ総合研究所代表の、岩橋謹次です。今日はステキ総研の会員の方が3分の1、中目黒・渋谷方面の方が3分の1、そのほかテーマに関心をお持ちの方が3分の1くらいです。それほどこの<代官山~明日に架ける橋>~中目黒・代官山・渋谷・恵比寿・東~というタイトルとテーマにご関心をいただいたものと考えます。しかしこの、代官山~明日に架ける橋というのはどこにどんな橋をかけようというのでしょうか?わかりませんね。でもこの"明日にかける橋"という曲はご存知ですね。1969年にサイモンとガーファンクルが歌い全世界で大ヒットしました。ヒルサイドテラスの第一期誕生と同じ頃ですね。この歌の意味は困難に立ち向かう歌とか、友情の歌とかいわれています。
最初にこの曲をライブで聞いていただきたいと思います。

歌とギターは洗足学園音楽大学ジャズコース卒業、在学中からプロとして活躍している高木大輔さんです。

代官山ステキ セミナー&パーティ

ありがとうございました。本当に良い曲ですね。もっと聞きたいのですがプログラムを先に進めます。最初にショートスピーチとしてステキ総研から4本のテーマに関連したスピーチをいただきます。その後、歓談、交歓に続きます。最初は本日のメイン・テーマ"明日に架ける橋"について私からお話いたします。

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ショートスピーチ 1
代官山~明日にかける橋について 新・新・代官山『緑の文化十字路』構想

岩橋謹次(NPO法人代官山ステキ総合研究所 理事長)

トップのスライドは新・新・代官山『緑の文化十字路』構想となっています。最初の提案は2009年11月でした。この時のパンフレットがございますので詳細はご覧ください。このポイントは渋谷駅中心地区再開発の動向が伝えられ、緊急整備地区が政令指定地域として明確になりました。代官山の一つ隣の駅ですが、渋谷は渋谷、代官山は代官山、その特性を尊重しあうのが良いとなりました。では渋谷と異なる代官山の特質はなにか?ということになり。その一つの回答として代官山『緑の文化十字路』が浮かび上がりました。

代官山ステキ セミナー&パーティ

[1]これが最初の代官山『緑の文化十字路』です。

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「緑の横軸」。これはわかりやすいですね。「緑の縦軸」は八幡通りと東横線跡地を視野に入れた軸線とし、その緑の2軸で十字路が形成。渋谷駅前の赤塗り地区と対峙するという構図です。
次の②新・代官山「緑の文化十字路構想」これは2013年3月の"代官山大学"で発表したものです。

代官山ステキ セミナー&パーティ

ここでは『代官山アート・トレイル』と『共創のまちづくり』を提案しています。
アート・トレイルは代官山を起点に渋谷、恵比寿方面へ美しいもの、楽しいものを探して歩こうという提案です。
共創のまちづくりは平成21年から3ヵ年、東京商工会議所渋谷支部とともに研究した代官山の街づくりコンセプトのキーワードです。東急電鉄自身、沿線開発の基本は「共創」にあると表明しており、代官山跡地開発もそうあって欲しいと提案したものです。
その一ヶ月前(2013・2/1)に日本経済新聞に「東急電鉄が渋谷川を再生 渋谷駅南側、憩いの場に」という記事が発表されました。

代官山ステキ セミナー&パーティ

今年3月の<代官山大学2014>では[3]新・新・代官山『緑の文化十字路』を発表しました。その間2013年、9月。オリンピック開催が正式に東京に決まりました。渋谷エリアもオリンピックの主要エリアになります。そのせいか渋谷駅から並木橋を少し超えたあたり(緊急整備地区内)までの渋谷川の清流化計画と東横線の高架跡地を一体的に整備する計画も耳にするようになりました。
こうした推移の中で、今年5月、ステキ総研総会で今年のテーマを"代官山~明日に架ける橋"にすることが正式に決まり、本日のセミナー&パーティにつながったわけです。
その後、多くの方との意見交換するうちに下図の構図が浮かび、まとめました。
この図では二つの提案があります。

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つまり、ここには渋谷~恵比寿を結ぶ太い横軸、それと中目黒~東を繋ぐ太い縦軸。この二軸で「新しい緑の文化十字路」が構成出来るということです。 この東のエリアは古くから「文教地域」に指定(建築基準法)されています。そのため環境も健全に保全されているだけでなく國學院大學や、氷川神社など、多くの教育機関や文化施設が集積しています。ということは第一に若い世代の大きな集積があるということができます。若さは希望であり、未来です。それだけでなく、大学の教職員や社会人大学の生徒など知の集積があります。既にここは「知(地)の集積地」になっているのです。
一方、代官山はご存知の通り、幅広いファッション、アート、建築などを含めた感性(創造性)の集積地であるといわれています。このインテリジェンスとクリエイティビティを積極的に掛算することができれば地域活性化の新しいモデルコミュニティに変貌する可能性があります。これが大きな注目点です。
 次に、1週間前の日本経済新聞(2014、9/12)に「東急電鉄,2018年度メド 渋谷-代官山に遊歩道」という記事が掲載されました。1年前の記事では渋谷から並木橋を超えるまででしたが1年後のこの記事では緊急整備地区の枠を超え代官山駅まで結ぶ計画になっていました。これだけでも大きな変化です。

しかし、ステキ総研では中目黒駅周辺の整備や高架下の活用も視野に入れ、中目黒・代官山・渋谷・恵比寿・東にかけてそれぞれに橋を架けられないかと考えています。

次の写真はヒカリエ11階にある渋谷駅中心地区再開発エリアの模型で、ゴミ焼却場の上から見た様子です。

代官山ステキ セミナー&パーティ

下は1週間前の東横線鉄橋の撤去工事写真です。

代官山ステキ セミナー&パーティ

代官山~明日に架ける橋をまとめると以下のようになります。

代官山ステキ セミナー&パーティ

ご清聴ありがとうございました。

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ショートスピーチ 2
代官山エリアの人口動態について

田原裕子(國學院大學 経済学部教授)

岩橋さんの方から格調の高い、夢のある話があった後に現実的な話で恐縮ですが、明日に橋を架けるためにも橋脚は現実に置かなければいけないということで、私からは人口動態についてお話させていただきます。代官山エリアの特徴として、商業集積地として非常に有名で、業務地域でもある上に、優れた住宅地であることが挙げられます。商業や業務集積の話は他のところでもよくされていますが、住居機能についてはあまり取り上げられることがございませんので、今日は人口動態という視点から話をしたいと思います。そもそも代官山エリアは人口が増えているのか、年齢構造はどうなっているのか。また、代官山は最近、子育てのまちというイメージが強く、実際にベビーカーもたくさん見かけますが、ファミリー層が多いのか。この3点に注目して国勢調査を利用して分析してみたいと思います。
代官山エリアに入ります前に、まず東京圏全体の人口動態を簡単に確認しておきます。皆さんよくご存じのように1997年に大きな転換がございまして、23区の人口が転出超過から転入超過に変わって、都心回帰といわれるようになりました。見ていただくとわかるように郊外の3県、あるいは東京都の23区外に比べて23区の転入数が大きくなっています。また、年齢3階級別に増加率をみると、23区は2000年~2010年の間に生産年齢人口が増加していますが、23区外は減少しています。一方、高齢人口は23区外において増加が著しいことがわかります。さらにコーホート変化率を確認しておきましょう。コーホート変化率とは、個人個人の入れ替わりがあるとしても、生きていれば2005年の国勢調査において0歳~4歳が2010年には5歳~9歳になるということで、この変化率を見たものがコーホート変化率になります。これを見ますと、2010年に20~24歳、25~29歳のコーホートは、23区外よりも23区の増加率ほうが大きいことが確認できます。一方、23区外では25~29歳コーホートは減少していることが確認できます。つまり東京圏全体で見ると、23区への人口回帰と郊外移動の縮小、すなわち地方圏から都心へやってきた人達が、結婚して子供を産んで郊外に移るというような郊外化の動きは終わりに向かっている。郊外全体で見るとそういう傾向を読みとることができます。
次に、代官山エリアが属する渋谷区と目黒区に注目しながら、23区の特徴を確認します。まず年齢3階級別に見ますと目黒区、渋谷区は生産年齢人口のボリュームが大きく、高齢化は後追いの状況ということが確認できます。次は年齢3階級別に人口増加率を示したものです。まさに都心回帰の状況が如実に見てとれるかと思います。中央、千代田、港区の人口増加率が軒並み大きくなっています。それに対して目黒区は比較的マイルドというか、ちょうど10~16位くらいで真ん中辺にきていて、我が渋谷区は増加率の面では低い増加率となっています。

代官山ステキ セミナー&パーティ

さらにコーホート変化率に見ると、渋谷区は5~9歳、10歳~14歳という子供と、それからその親になる世代のところが軒並み減少、100を割り込んでいる、つまり転出しており、残念ながら子育てファミリー層は出ていく傾向にあることが確認できます。一方で若い世代、大学生、あるいは新入社員の世代は転入してきていることが確認できます。昨今、日本創成会議の消滅可能都市で話題になった豊島区ですが、足下のコーホート変化率だけを見ると渋谷区はその豊島区よりもちょっと厳しいかなというところです。また、世帯主の年齢別に家族構成を見ても、渋谷区は全年齢階級で夫婦と子供から成る、いわゆる標準家族の割合が23区の中で最も低く、一方で単独世帯の割合は23区の中で最も高いのがわかります。特に30~40代の子育て世代の中では渋谷区が単独世帯の割合が最高。一方で、夫婦と子供から成る世帯の割合が最低であり、世帯単位でみると子育てファミリーの割合は低いことが確認できます。
では、最後に代官山エリアについてみていきましょう。これは岩橋さんのいうところの代官山エリアに相当する13町丁のデータを国勢調査から抜き出したものです。年齢3階級別の構成比をみると、町丁による差はありますが、大体が渋谷区並みということで、特に子供が多いというわけでもなさそうだという状況です。次に町丁別に見た人口動態をみると、これも減少傾向にあります。ただし、代官山エリア全体で見ると2000~2010年にかけては減少気味ですが、変化率が100を超えて1割以上増えている町丁もいくつかあります。具体的には上目黒1丁目、恵比寿南3丁目、南平台町です。どういう世代が増えているかというと、上目黒1丁目は美しく全ての世代で100を超えて人口が転入しています。凄いいいぞと思ったけれども、よく考えたらこれはどうも中目黒のアトラスができたのがちょうど2009年なので、この辺りが影響しているのかなというところです。それに対して、同じように人口が1割以上増えていた恵比寿南3丁目と南平台町の場合には、やはり20代の若い世代がぐっと入ってくるけれども、子供、あるいは子育ての親の世代というのは転出ということです。代官山エリア全体としても残念ながら若い人は入って来るけれども、子育て世代は家を買って出ていっているという状況が確認できます。家族構成についても確認しましたところ、代官山エリアは夫婦と子供から成る世帯の割合は渋谷区と同様に低く、単独世帯の割合は渋谷区の値に比べて若干低いですが、高い水準にあることがわかります。つまり、代官山エリアはどちらかというと一人暮らしの若い方が多く、住民として子育てファミリーの割合が高いわけではないという状況が確認できます。

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以上を考えますと、代官山エリアがこれから素敵なまちになっていくためには、先程の岩橋さんの「明日に架ける橋プロジェクト」が進んでいきまして、子育て世代が住み続けたいと思うようなまちになるといいと思います。あるいは若い人達が結婚した後も住んでいきたいと思うまちになること、そして住人だけではなくて、代官山で働く人や遊びに来る人も一緒に盛り上がっていけるような、そういう形での明日に架ける橋が必要だと思います。駆け足になりましたが以上です。ご静聴ありがとうございました。

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ステキ セミナー&パーティ懇談・交歓スナップ

代官山ステキ セミナー&パーティ

それではショートスピーチを続けたいと思います。
次は、ステキ総研の研究アドバイザーに新しくなっていただいた設樂さんです。設楽さんは先端的なマーケティングがご専門の方です。

ショートスピーチ 3
ナラティブ・アプローチによる超領域的まちづくり

設樂 剛 (Tsuyoshi Shidara, Ph.D.) 設樂剛事務所|慶應義塾大学SFC研究所

今日お話しさせていただくのは、「ナラティブ・アプローチによる超領域的まちづくり」ということです。要点を3つ申し上げたいと思います。
まず第1に「ナラティブ」ということですが、これは「物語」という意味です。まちづくりやコミュニティ開発との関連で、こんな言い方がされます。それは「物語を共有している範囲がコミュニティの範囲である」ということです。ですから、仮にメンバーが海外に分散していたとしても、共有された物語があったなら、そこにコミュニティは成立しているという見方です。反対に、どんなに物理的・地理的に隣接していたとしても、そのあいだで物語の交換や共有がなければ、十分にコミュニティ化がなされているとはいえない、という考え方になります。
第2の要点はこうです。その地域の過去・現在・未来を支える「物語」は、1人の特定の専門家だけでつくるものではない、ということです。まちづくりの専門家だけが物語をつくるのではありません。あるいはディベロッパーだけが地域の物語を一方的に用意するのでもありません。住民と店舗、企業と行政、そうした分野や領域を超え、複数の異なる立場の人たちが関わりあって、一緒に物語をつくっていくこと。そのプロセスを重視することが、「超領域的まちづくり」という言葉の意味あいです。
さて3番目、最後のポイントになります。ではその地域を支える物語ですが、これは決して地域の中に1つだけではありません。代官山を例にすれば、1つだけの物語が代官山を支配しているのではありません、支えているのでもありません。むしろ「いくつもの代官山物語」があって、そこここに併存していることになります。そういう物語の集合のことを「ナラティブウェア」といいます。これが、その地域や場所に、意味と方向とを与えてくれることになります。ハードウェア、ソフトウェア、それにくわえてナラティブウェア、この3つの塩梅の違いが、実はそのまちの個性の違いだとさえいえるほどです。ナラティブウェアが十分に活かされていない、そういう地域もまだまだ沢山あります。 
いま代官山の物語と申し上げましたが、岩橋理事長はこの 40年にわたって代官山の物語を折々に語ってこられました。また本日もそうですが、異なる分野の人たちと、その物語を何とかして交換したり、共有したりしようと試みてこられました。そういった物語の中には、きちんと継承しなければならない物語があろうかと思います。もう一方で、これからの時代にそくして、あるいはこれからの時代を先導するために、新たにつくり直さなければいけない物語もあるはずです。そうした作業を行うための大切な拠点が、この代官山ステキ総研だろうと思っております。

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ショートスピーチ 4
代官山大学2015の概要について

元倉眞琴(NPO法人代官山ステキ総合研究所 東京芸術大学名誉教授)

私はステキ総研の副理事長を務める元倉です。ステキ総研では、実は2013年、準備を入れると2012年から「代官山大学」を立ち上げてきました。これは代官山自体が多くの人にとって非常に興味のあるまちだからです。大きな変化もあり、成功しているまちともいわれています。かねてからステキ総研に参加している大学の研究室の先生たちが、代官山を教育や研究の題材として扱ってくれていました。
ちょっと紹介しましょう。先ほどパネラーとして、人口動態の話をされた國學院大學経済学部の田原裕子教授。専門は経済学です。もうお一人は、今日はお見えになっていませんが、東海大学の加藤仁美教授。都市計画が専門です。自分が教えている学生が研究テーマに代官山を選んでいます。それから東京都市大学の都市生活学部 都市プランニング研究室の平本一雄教授です。その3大学がカリキュラムの中で、あるいは研究室のテーマとして"代官山"をとりあげていました。
2013年3月に最初の「代官山大学」というものを行いました。その当時はキャッスルストリート、先ほどの東横線の地下化による跡地の問題が浮かび上がってきた時期です。そこを何にしたらいいかということが我々ステキ総研の活動対象でありました。もそこで、國學院大學はヒカリエからキャッスルストリートという研究、東海大学ではキャッスルストリート周辺の変化と実態の研究、東京都市大学では代官山の地区化イメージ行動の研究が行われ、それぞれの学生たちが発表をしました。
それから今年3月、第2回の「代官山大学」。ここでは、國學院大學の方は「代官山の店舗の入れ替わりの要因について」の発表。東海大学では、「旧山手通りの歩行者空間の実態について」でした。都市大学の方では「代官山キャッスルマンション及び東急東横線跡地のまちづくりスタディ」。あともう1つが、東京藝大からは卒業制作の「消えゆく1308m」という渋谷駅から代官山まで繋ぐ高架の利用の大胆な計画の発表がありました。
現在、ステキ総研では来年の3月へ向けての準備を始めている最中です。一応3大学が軸にはなっていますけれども、基本的に、この「代官山大学」は開かれている場でありますので、他に"代官山"をテーマに扱っている研究室、あるいは学生たちがいるようであれば一緒に、同じ場の中で発表して、"代官山"についてみんなでその構造、魅力、問題などを考えていこうじゃないかということが「代官山大学」を開催する意味です。我われはひとつの場を提供し、建築や都市だけに限定するのではなく、経済やアートなども含めて、普段はあまり交流しない異分野の学生たちが"代官山"をテーマに、みんなが考え、一緒に意見交換し合うことによって、"代官山"の新しい魅力なり問題点を発見できるのではないかと考えています。また、我われ代官山ステキ総研は場を提供すると共に、例えば今年であれば「明日に架ける橋」という大きな器みたいなものを用意し、そういう大きな器の中でそれぞれの発表がどこに位置するのか、一緒になって考えていきたいと思っています。
この場は閉じられた場では無いので、例えば今年、先ほどもミーティングをしましたけれども横浜国立大学の2年生が、ヒルサイドテラスとその周辺の1/100の模型を作りました。1/100の模型というのは大体5m角です。実際に見てみると見やすく、凄く迫力のある模型で、家がたくさん集まってまちができるっていうことを学生たちが真剣に理解しようとしています。そういう学生たちにも何か発表してもらいたいという話もしました。それから今日お呼びしました工学院大学の遠藤新先生。実は中目黒で研究室のブランチを持っています。現在は東大の都市工出身で都市計画、まちづくりということがご専門です。あとで少しお話しいただきたいと思っています。それから芝浦工大谷口研究室修士2年の藪由香さんが参加されていますが、ヒルサイドテラスの住宅のヒアリングを通して都市居住の研究をしています。さまざまな人たちが、代官山地域をテーマに研究をしています。それに対して我われは場をつくり、時間を共有したいと考えています。来年3月の後半に第3回代官山大学を開催する予定です。宜しくお願いします。

それではこれからクロストーク セクションに入ります。
本日は東急電鉄の方にも多数ご参加いただいています。最初に東急の東浦さんにお話いただきます。東浦さんは先日、歩いて楽しめる街・ポートランドの講演をされていました。その視点は大変参考になると思いまします。今日は個人的なお話です。

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クロストークセッション 1

東浦克典(東急電鉄 都市開発事業本部 都市戦略事業部企画開発部 統括部長)

ご指名ありがとうございます。私はこの"緑の文化十字路"計画をだいぶ前からお聞きし、非常にいいテーマだけれども、この通りにいくかどうかはわかりませんよと話をしていました。けれども着々とそういう方向に開発は進んでいます。東横線の代官山地下化上部には来年度、新しい拠点ができることになります。私はそちらのプロジェクトにはいま直接担当していませんが、担当しているものがおりますので、またその話は出てくると思います。
私の自己紹介をいたしますと、東急電鉄の東浦(とううら)と申します。渋谷以外の東急沿線のブランディングやマーケティング、プロモーションだとかをやっておりまして、地域や行政と一緒にまちづくりの議論をあちこちでやっている者でございます。代官山にもプロジェクトが始まる前はいろんな形で地域に入らせていただいきました。

いま岩橋さんからポートランドのお話が出ましたが、最近、街づくり関係者で話題になっているポートランドへ私も7月に視察してきました。本日は何も資料は用意してありませんが、私の個人的な印象を含めて、8つのキーワードにまとめてポートランドがなぜ上手くいっているのかをお話します。
最初は「P」ですから「People centric」としました。つまり人ですね人間中心のまちづくりをしているということです。アメリカはご存じのように車中心のまち。車を発明した国ですから、モータリゼーションが進んできましたが、車中心のまちづくりになりすぎたことを今アメリカは大反省をして、ヨーロッパと同じように人中心のまちづくりに戻そうとしています。それが上手くいったのがポートランドでして、高速道路建設を反対を機に、人中心のまちづくり、あるいは歩いて楽しいまちづくりをやっています。
「O」は「Opportunity」。大変機会に恵まれたまちだということです。今ポートランドの中心が60万人位、グレーターポートランドで200万人位ですけれども、どんどん人口が増えています。それはチャンスがそこにいっぱい落ちているからということで、ビジネスで成功を目指してする人はもちろん、下層の人にも仕事を与えるということですね。非常にチャンスに満ち溢れたまちということでOpportunity。
それから「R」は「Renovation」ということで、どうしても日本の再開発というのは、まっさらな更地にいっぺん戻してピカピカなビルを建てて再開発をやりますけれども、ここの場合はまちの記憶をそこここに残すということで、Renovationを適度に混ぜたまちづくりをしています。古いビルでもLEEDといわれる環境配慮型の認証を取りまして、なるべく環境負荷の少ないまちづくりというのをやっています。
それから「T」 は「Transportation」で、公共交通政策を上手くやっています。我々も鉄道の会社ですけれども、いわゆる富山で真似してやってるLRTですね。ストリートカーといわれる路面電車を縦横無尽にまちの中に走らせて、足腰の弱い人や老若男女、それからいろんな障害を持った人もまちに出て行きやすいような造り方をしている。
次の「L」は「Local First」です。とにかくナショナルチェーンの物をありがたがるのではなくて、地域のお店を大事にしよう。地域の物を地産地消で食べていこうとかですね。そういうことでLocal Firstっていうのが隅々まで行き渡っています。スターバックスもありますが、向こうでは地元の「スタンプタウンコーヒー」という地元生まれの有名なコーヒー屋さんに人気があったりして、地域の物を大切にしていこうという感覚があります。
それから「A」は「Agriculture」ですね。ポートランドはアメリカ北西部のオレゴン州にあります。とても農作物が豊富にとれる所ですが、そういったものを地産地消で、地域の方が顔の見える農家の方から直接買って、料理して食べる。レストランもそれを使う。それからファーマーズマーケットという素晴らしいマルシェが毎週末にポートランド州立大学のキャンパスにできますが、こういったものをみんなで楽しんで、生活を豊かにする。これはAgricultureと近い生活をしています。
それから「N」は「Natural Life Style」ということで、肩の力が抜けた生活をしています。我々は1週間位まちに居ましたけれども、本当に平日でもこんなネクタイ姿をした人はあまり見ないですね。みんなタトゥをいろんなところにしていまして、この人はどういう商売をしているのかなっていうと、結構、堅い仕事だったりします。そういう自分らしい生活を楽しんでいらっしゃるということが印象的でした。
最後の「D」は「Diversity」ということで、人種、宗教、もちろん性別、それから観光客か地元の人かっていうのもあまり分け隔てなくまちに受け入れるという寛容性の高いまちだなと思いました。
以上がポートランドの魅力で、PORTLANDっていう頭文字でまとめてみました。意外と自分でもしっくりきていまして、これをあちこちで喋っているということでございます。このお話が"代官山"の何かの参考になればと思います。今日はありがとうございました。

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クロストークセッション 2

遠藤 新(工学院大学建築学部 准教授)

はじめまして。工学院大学の遠藤新といいます。宜しくお願いいたします。この代官山との付き合いは、実は10数年前、最初は大学院の研究対象でヒルサイドテラスや代官山のことをずっと調べていました。その時に岩橋さん、元倉先生にお世話になりました。そんなことから代官山のまちにずっと足繁く通っていました。ただ、そのあとちょっと坂を下って中目黒の方に足を伸ばしたのですが、それから中目黒の魅力にすっかりとりつかれてしまいました。最近はずっと中目黒の研究やいろんな方々とのまちづくりというか、活動のお世話をさせていただいています。
所属は建築学部のまちづくり学科というところですけども、うちの研究室のブランチみたいなものを、ここにおられる、中目黒の佐藤会長のご好意で、あるビルの一角にお邪魔させていただきながら活動しています。最近は中目黒といえばタワー沿いの界隈にリノベーション店舗がたくさん増えてきて、増えているだけじゃなくて移り変わりも大きくて、それが非常に中目黒らしくておもしろと感じています。それを調べたり、提案したり色々やっているわけです。
代官山の話に戻すと、中目黒から代官山に歩いて行く時のひとつの魅力は何かというと、さっきのリノベーション店舗だけではなく、目黒川だと思います。目黒川の引力があるので、ああいうリノベーション店舗が存在する。その目黒川の魅力の1つは何かというと、特に夜、真っ暗っていうことです。中目黒の駅で降りて街路灯の明るい山手通りのまち並みから目黒川の方に行ったら真っ暗です。で、真っ暗な目黒川を越えて行ってはじめて、あの隠れ家的な世界がある。この東京のど真ん中なのにあれだけ真っ暗な空間があって、そこを越えていくとおもしろい場所があるというのが目黒川の持っている力というか魅力かなぁと常々思っているところです。川というと昔から都市の境界みたいな場所性があって、川の向こうには別世界が広がっているみたいなところが、中目黒から代官山に歩いて行く時のひとつの魅力なのかなと思います。代官山の動きに関しては元倉さんから、前々からいろんな話を伺っておりました。中目黒と代官山が何とかうまく繋がっていくような、先ほどの「明日に架ける橋」構想、これを中目黒側からどういうふうにして実践するのかを考えることが今日貰った課題なのかなと思っています。JR跡地を私個人が何とかできるということは全くない話なわけで、この話は全然掘り下げられませんけれども、まあ中目黒には中目黒なりの小さい店舗がリノベーションするっていうような、じわじわ広がるアプローチってあると思います。路地奥に行くと隠れ家的な店舗があるみたいなのが中目黒的なアプローチだっていう人もいます。じわじわ広がる系のアプローチを学生達と一緒にゲリラ的に考えられると、それも面白いのかなと思っています。引力のある目黒川といろんな素材が転がっている中目黒という街をじわじわと変えていくアプローチ、私なりにこれからも考えていきたいなと思っています。代官山の皆様にもぜひいろいろとご指導をお願いいたします。ありがとうございました。

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中締め挨拶

朝倉健吾(ステキ総研理事 朝倉不動産株式会社社長)

今日はお忙しいところを大勢集まっていただいてどうもありがとうございました。私はステキ総研の理事の一人として御礼申し上げます。
今日は「明日に架ける橋」ということで、代官山の緑の話が出てきましたので関連した話を一言、申し述べます。たまたまこの夏にBS朝日というテレビ番組が、この会場のすぐ隣にある旧朝倉家住宅で"百年名家~築100年の家を訪ねる旅~"という番組の取材をして、1時間番組をこのまえ放送しました。
その中で東大の藤井先生がなかなかいいことを仰ってました。「代官山の原点っていうのは、やっぱりこの家にあったんじゃないか。」と。だから100年前にひとつの原型があって、それが今のヒルサイドテラスっていうか、まあ自分のことを言うのは申し訳ありませんけど、今の代官山がゆっくりと開発されてきてちょうど50年くらい経つわけです。で、その前の50年というのも、理想はずっとあったと思われ、それが消えずに、ずっと続いていくっていうことが素晴らしいことだと言ってくれました。
だから今日の「明日に架ける橋」っていうのはこれからの50年がやっぱり何か繋がっていけばいいなと今すごく感じました。
そんなことで今日は本当にありがとうございました。

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