『NPO法人代官山ステキ総合研究所』が運営する代官山の「地域ポータルサイト」

1. 代官山エリアとは

"代官山エリア"とは、いったいどこからどこまでのことを指すのだろう。
そして、その中心はどこのことを言うのだろう?
確かに駅名や町名に"代官山駅"や"代官山町"は存在するが、その周辺だけを指すものではなく、もう少し幅広い範囲を言うようです。
これまでのテレビや新聞の報道や、週刊誌の代官山特集等をみてみると、時代とともに変化し、拡大していることがよくわかります。

1-1. 3駅から4駅に囲まれるエリアに

近隣の鉄道駅で見ると、JRや東急電鉄、地下鉄等が多数集まる大ターミナル駅である渋谷駅、JR駅と地下鉄日比谷線が交わる恵比寿駅、両線が相互乗り入れする中目黒駅に囲まれた三角形の地域とこれまでは言われることが多いようでしたが、最近では美しい桜並木でですっかり有名になった目黒川のお陰で、東急田園都市線の池尻大橋駅を加えた矩形のエリアが"代官山エリア"と言われています。

代官山ホームページ:代官山エリアとは

1-2. 4つの幹線道路で囲まれたエリア

この代官山エリアは明治通り(環状5号線、都道)、山手通り(環状6号線、都道)、246号線(国道246号、通称、青山通り、玉川通り)、駒沢通り(都道416号線)といった、都市の拠点間を結ぶ大きな4つの幹線道路で囲まれているエリアともいえます。
玉川通り(国道246号線)の上を走る首都高と中央環状線山手トンネルを接続するループ状の巨大ジャンクションが大橋"グリーン"ジャンクション)が、2010年3月28日に開通します。

1-3. 代官山エリア図

代官山ホームページ:代官山エリアとは

1-4. 大山街道

246号線は昔の大山街道であり、享保年間に盛んになった大山購で江戸から山岳信仰のあった大山(伊勢原市)に詣でるための街道として賑わい、大山街道と呼ばれていました。 その名は今でも東京都や神奈川県の一部に旧道の名残とその名前が残っています。
現在の国道246号線はほぼそれに沿っており神奈川県(伊勢原市)と東京都(渋谷区)を結び、代官山エリアでは大橋で山手通りと交差し、渋谷駅で明治通りと交差しています。

1-5. 駒沢通り

1964年に日本で開催された「東京オリンピック」の第2会場となった(都立)駒沢オリンピック公園(正式には、駒沢オリンピック総合運動場、)と第一会場の「国立代々木競技場」や選手村を結ぶ幹線道路として整備された道路。代官山エリアでは恵比寿駅前から鑓が先交差点を通り、中目黒駅前へとつながります。この通りのJR恵比寿駅寄りに地下鉄日比谷線の恵比寿駅ができてから、両側には、個性的なブティックや雑貨店の進出が目立ちます。西側には恵比寿神社、恵比寿公園、長谷戸小学校などへ上がる坂が並んでいます。代官山エリアでは渋谷橋で明治通りと交差し中目黒で山手通りと立体交差しています。

2. 代官山駅

東京急行電鉄(略:東急)の前身、東京横浜電鉄の駅として1927年(昭和2年)8月28日に開業。
渋谷駅から一つ目の駅で、普通電車だけが停車します(特急、急行は止まりません)。
昭和の初めから親しまれた旧駅は、ホームが踏切と代官山トンネルに挟まれていたため短く、中目黒寄りの車両ドアは開くことができませんでした。
車内ではあわてて車両を移動して降りる乗客も、よく見受けられたものです。
現在の駅舎はホームをトンネル方向へ延長する工事を経て、1989年3月に完成しました。
1日の平均乗降客は約2万5千人ですが、エレベータも設置されています。ホームから階段を上がると、代官山への入り口ともいえる改札口があり、出口は東口と西口(アドレス方面)があります。

2012年には、渋谷駅の地下4階で副都心線(メトロ13号線)と東横線が結ばれ、相互直通電車が走ります。現在そのための工事として、代官駅山、渋谷駅間の東横線地下化工事が行われています。

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